デザイナーアーカイブ[家具について]

Raymond Loewy(レイモンド・ローウィー)

Raymond Loewy(レイモンド・ローウィー)

1893-1986

レイモンド・ローウィーはラッキーストライクのタバコのパッケージ、コーラの丸いボトル、そして1957年のクラシックジュークボックス「United UPA 100」といった特徴的イメージとなる企業ロゴやオブジェを数多く1930年代から60年代初頭にかけてデザインしました。フランス、パリ生まれ。

伝統的なヨーロピアンスタイルをアメリカらしい工業製品に変え、家庭用品を自由に、視覚的に類を見ないデザインに仕上げました。「押し売り」方法で有名な経験豊富なサラリーマンからローリーは製品の一番重要な面の1つはイメージだと気づかされました。彼は自分自身の外見にも、そして会社の外観にも非常に気を遣いました。キャリアの絶頂期にはアメリカ、ロンドンそしてフランスにオフィスを構え、一日のうち彼のデザインを目にする確率はアメリカ人全体の3/4とも言われました。

ローウィーは第一次世界大戦に徴収されるまでの束の間、フランスでエンジニアとして訓練していました。1919年にグラフィックデザインの仕事に取り組むべくニューヨークへ渡り、その後彼の人生の大半の期間、パリとニューヨークの両国に自宅を所有し行き来していました。彼の最初の仕事はメーシーズ百貨店とサックス・フィフス・アベニューのショーウィンドウの装飾とファッション雑誌のイラストレーションでした。その後1930年に自分のオフィスを設立。ローウィーが成功したデザインの戦術とは、視覚的に非常に魅力的にすることで消費者に買わなくてはならないと感じさせるというものでした。奇跡的に良く売れる商品のデザインを継続的にできたことで、大恐慌の間も沢山のプロジェクトを任されました。彼はまるで楽観主義と1950年代の自由奔放な消費を時期尚早に取り入れているかのようでした。彼はテーマであるスピードと動きを強調するために水平のストライプの模様を加える作品が数多くありました。彼のオブジェと家具には不要なものの無い機械的形状で、素材にはクロームやベークライトが多く使われました。彼の格言に「良質のデザインは使用者を幸せにし、メーカーを黒字にし、そして審美眼のある人も害さない」というのがある。

ローウィーはシアーズ、コカコーラ、ペンシルバニア鉄道そして スチュードベーカーといったアメリカ大手企業に既存製品のデザイン変更および新製品のデザインを依頼されました。シアーズには1935年の冷蔵庫「コールドスポット(Super Six Coldspot)」のために柔らかく曲げられたスチールの構造枠を製作した。その後も2バージョンデザインし、人々が毎年買い換えたくなるように外装を変更しました。ペンシルバニア鉄道には電気機関車「S-I」 をデザインし、格好のいい「K45」機関車も流線型にリデザインし1937年のニューヨーク世界市に出展されました。この流線型形状はストリームラインと名付けられ、速度を要求される対象(自動車など)に多く引用され、時代の流行にもなった。ローウィーはスチュードベーカーの1947年「チャンピオン」と丸い縁取りと薄いひれがモチーフの1950 「コマンダー」も担当しました。グレイハウンドのバスのデザインもしたし、1939年のニューヨーク世界博に最新型のロケットの見本も提供しました。1960年代後半にはNASAに依頼され、スカイラボのスペースカプセル内のインテリアの製作をも手がけました。日本ではタバコ「ピース」のパッケージデザインをしている。

大胆な自己評論家ローリーは1951年「口紅から機関車まで(Never Leave WellEnough Alone)」 という自叙伝を発表。「美しきよきデザインは機能に沿ったもので、コスト高をきたすものではない」の決まり文句は有名。彼の初めての工業デザインは16歳のとき、モデル飛行機をデザインし販売したときだと話しています。現役時代を通じて、彼はミッドセンチュリーの産業デザイナーとしての永続的なイメージを作るため、実演、機能、そして壮観を組み合わせていました。

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