デザイナーアーカイブ[家具について]

Milo Baugman(ミロ・ボーマン)

Milo Baugman(ミロ・ボーマン)

1925-2003

ミロ・ボーマンはカルフォルニアとユタを中心に活動した著名なアメリカンデザイナーの1人。23年カンザス州グッドランド生まれ。たぐいまれなる才能を持つ彼の初めてのデザインは13歳のとき。家族でカルフォルニア州へ引越しするため、自分の家族の新居をデザインしています。高校卒業後は第二次世界大戦中で空軍に勤務。将校クラブのデザインをしました。戦後はロサンゼルスの芸術学校で建築と産業デザインを学んだ。

卒業後の1940年後半にはカルフォルニア、ロングビーチの有名店フランク・ブラザーズに営業、ウィンドウ・ディスプレーそしてインテリアデザイナーとして雇われます。モダン家具の取扱店としては西海岸一とも言われた同店での経験は大きなものとなりました。フランク・ブラザーズに居る間ジョージア・クリステンセンとともに「ファニチャーフォーラム」の出版に携わることに。誌面ではモダンなものは何でも、家具から床そして壁紙や食器まですべて紹介しました。デザイナーの顔写真と、彼らの業績の年代や寸法そして値段などが入った簡単な広告とが掲載されたものではアメリカ初の出版物でした。「ファニチャーフォーラム」は世界中のデザイン会社にとっては価値の無いものだったが、歴史的記録として残った。

47年には独立し自身の事務所を立ち上げます。グレタ・マグヌソン・グロスマンの作品なども取り扱う大手家具メーカーGlennof Californiaと契約し「カルフォルニアモダン」シリーズの製作に助力しました。装飾を避けたシンプルなデザインは主にウォールナット合板そして鍛鉄で作られ、ロサンゼルススタイルとして全国的に有名になりました。当時の広告には「こんな高品質がこんなお手ごろ価格だなんて2倍嬉しくなりますね」とある。このシリーズの机や棚ユニットはカジュアル・オープンルーム設計を念頭に、壁を作らなくてもスペースを仕切れる家具でした。

その後もドレクセル社をはじめ多くの家具メーカーとデザイン契約をします。その間も自身はオルガ・リーと共にロサンゼルスに自身の家具店を1951から53年まで経営していました。リーはボーマンの家具に合うような手書きのファブリック、壁紙、ランプ、そしてアクセサリーを作っていました。また2人はインテリアコンサルタントのサービスもしていました。

1953年にはノースキャロライナ州ハイポイントのセイヤーコギン社(Thayer Coggin)と契約。彼の家具は瞬く間に人気となり、彼の名前は一躍有名になります。その後コギン社とは50年を超える長い付き合いとなり、100を超える作品をボーマンはデザインしました。彼の代表作は主に60年代から70年代に作られ、名作「キャタピラチェア」をはじめとした彼の作品は美しく、全く気取りが無く、そして適度な価格のモダンな家具を探していた人たちのお気に入りでした。

1950年代の記事に彼は次のように言っていました。「明らかにデザインした家具はとても興味深いが、だいたいは美術館にしか置いていない」。幸運なことに美術館は今ではシンプルで、使いやすく、デザイン性の高い物を理解しています。そしてウィットニー美術館の1985年の「ハイスタイル:20世紀のアメリカンデザイン」展ではバーグマンの 「ウィンチェンドンデスク(Winchendon desk)」 が展示されました。

ボーマンは1987年「家具デザイナーの殿堂(Furniture Designers Hall of Fame)」の殿堂入りも果たしています。

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