デザイナーアーカイブ[家具について]

Isamu Noguchi(イサム・ノグチ)

Isamu Noguchi(イサム・ノグチ)

1904-1988

イサム・ノグチは伝統工芸と近代デザインの両方を織り交ぜながら製作をしたデザイナーです。1937年ゼニス社から販売した「赤ちゃんモニター」のような機能優先のシンプルなデザインのものから、装飾をふんだんに施した芸術作品のようなものまで、そのすべてがノグチの作品なのだといわれています。彼の作品の多くは芸術品と機能的な家具の両方として共存する目的で生まれ出てくるのでした。

ノグチはロサンゼルス生まれ。幼年期を日本で過ごしましたが母親の勧めで13歳ときアメリカの全寮制学校へ進学。その後中学、高校をアメリカで卒業。コロンビア大学医学部にて医者を目指しながら、レオナルド・ダ・ヴィンチ美術学校の夜間学校にも通うことに。そこで彫刻の才能を見いだされ、彫刻家として生きることを決意。1927 年にグッゲンハイムの奨学金を得てパリ留学。パリで彼は巨匠コンスタンチン・ブランクーシのスタジオでアシスタントとして働き、彫刻を専門に取り組みました。

留学を終えニューヨークに戻るとノグチは都市計画や環境美術に興味が出ていました。1ブロックもの大きさもある広い庭園や、段々に土を盛った「遊びの山」といった斬新なアイデアを都市公園協会に提案しましたが採用されないことのほうが多かったようです。しかし後にユネスコ本部などに代表される素晴らしい公共庭園やプラザ、そして運動場もいくつか製作されています。1938年にはニューヨークのAP通信社ビル内に大きなレリーフをデザインする仕事も請けています。

40年代には家具をいくつかデザインしました。1945年にハーマン・ミラー社のために「ノグチ・テーブル」をデザイン。同社は1946年にはノグチの彫刻からインスピレーションを得て「フリーフォームソファーとオットマン」を発売。1954年にはベースと座面の間を金属で十字に構成した「ロッキング・スツール」をデザインし、それがノール社からダイニングテーブルにリメイクされ1957年に発売されました。ノグチは照明機器も盛んに製作しました。「AKARI」というシリーズを展開し人気を博しました。シェードは全て和紙で作られ、種類はスタンドタイプ、ハンギング、そしてテーブルランプとありました。ノグチは岐阜を旅し、桑の皮から作られる伝統的和紙を工芸職人がどのように作り、加工するのかを学び、その知識をランプに注ぎ込んだのでした。彼は「AKARIが古い伝統の真の発展になる」と信じ、「和紙と竹が私の灯りに対する感覚と価値に見事に合った」のだと言っています。

80年代には数多くの彼の作品を観賞するスペースとしてイサム・ノグチ博物館をニューヨークのロングアイランドに設立しました。博物館には彼の彫刻および家具のコレクションのほか伝統的な日本庭園があります

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