デザイナーアーカイブ[家具について]

Franco Albini(フランコ・アルビニ)

Franco Albini(フランコ・アルビニ)

1905-1977

フランコ・アルビニはイタリアの新合理主義のリーダー的デザイナーでした。ミラノ工科大学にて建築学を学び、1929年に卒業するとモダニズムの新しい形と伝統的な職人技を組み合わせた家具をデザインし、流行を先導します。彼の家具の多くはその地域で手に入る安価な材料を使用するようデザインされており、それは戦後他の材料が入手困難だったためでした。建築およびデザインの両方において、作品に相応しくない装飾を省いたミニマルアート的美的感覚のもとに作られた華麗さと、厳しい職人技術に傾倒しているのが作品を見て分かります。

アルビニは大学卒業後ジオ・ポンティのスタジオで働きはじめます。彼が自身のスタジオを開いたのは1930年で、この当時の彼の作品にガラス製のラジオ(1939)があります。機械の中の部品を見せるという点で斬新なデザインでした。彼はミラノトリエンナーレにも家具作品を発表しており、小さなスペースでも活用できる家具として折りたたみの椅子やスタッキング椅子を何脚か発表しています。またオフィスインテリアのデザインも手がけていました。1940年代に入ると、彼は雑誌「カッサベッラ」の編集者に。1946年から47年にはいろいろなデザイナーの方と定期的に会いコラボレートするというプロジェクトでチェザーレ・カッシーナと親密に仕事をしました。

彼のキャリアを代表する家具は主に50年代に作られました。そのスタイルの豊富さは、一方向性的なデザインを嫌った彼の意識の表れかもしれません。1950年作の「マルゲリータ」 と「ガーラ」は籐を手で編んで作られており、それは芸術と伝統工芸を生き返らせるという当時の活動の本質的な要素を備えています。アルフレックス社にデザインした1952年の「フィオレンツァ」 アームチェアは当時使われ出したラテックスを上手に配備し美しい曲線を描き出しました。そして13年間の製作期間を経て1955 年に発表された「ルイーザ」チェアはほぞ継ぎで構成された直線的なフォルムが高い評価を受けコンパッソ・ドーロを受賞。1956年には「カナポ ロッキングチェア」はまるで曲げられた木製フレームの中にピンと張ったハンモックを配したようなで椅子でした。

60年代になると彼の仕事は産業デザインが増え、大きな建築プロジェクトに携わるようになりました。1961年にはローマの有名百貨店「ラ・リナシェンテ」を設計しました。1964年は彼とフランカ・ヘルグそしてボブ・ノールダがミラノの地下鉄1号線やその各駅をデザインするプロジェクトでコラボレーションをした。彼らは各駅にそれぞれ特徴を持たせることに焦点を当てつつも、同じ素材を使用したり、駅の看板のスタイルや使用するフォントに一貫性を持たせたりしてデザインを統一したりした。ブリオンヴェガ社のテレビにも彼はデザインを提供し、それが1964年のミラノトリエンナーレで展示されました。同時期に アルテルーチェ社のためにランプも数点デザインしました。キャリアを通じて彼はコンパッソ・ドーロ(ゴールデン・コンパス賞)を3度受賞しています。

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